兄の制止も無視して走り出し、気付いた時には近頃よく遊びに来る小さな広場に着いていた。
コツン、と古びた鞠が二つ、足元に当たった。幼い頃から遊んでいる俊角お気に入りの青い鞠だ。近頃はちょうど掌くらいのこの鞠を、自由に投げて遊んでいた。
俊角はそれを手に取ると、手持ち無沙汰な片手で鞠つきをしながら、考え込む。

…兄貴は、昔っからお人よし過ぎるんだ。

今じゃもう、村中が兄貴を頼りっぱなしじゃないか。

−あ。そういや昨日なんて、兄貴を買いたい、なんて言う奴が訪ねてきたな。なんか遊女みたいにやたら派手で高飛車な女で、横には家来みてーなひょろい男連れてやがったから、こてんぱんにのしてやったけど。
−…そうだ。

兄貴をオレから奪ろうなんてやつがいたら、無理矢理かっさらってくればいいんだ。
もう、昔の弱っちかったオレじゃない。そうやって兄貴を守ることだってできるんだ。

−…戻ろう、兄貴の元へ。

パシ、と両手で二つの鞠を掴んで踵を返そうとした。
その時。

“−俊角!!”

「−!−」

頭に亢徳の声が響いた。

兄貴…?!

同時に押し寄せて来た理由のない不安が、俊角を追い立てる。俊角は兄が待つはずの家に駆け戻った。

すると−、そこには亢徳の姿はなく、中途半端に開いた戸口が、兄が自主的に出て行ったのではないことを示していた。

「くそッ…!」

家に入ってみて、俊角は確信した。
この、きつすぎる香の匂い−昨日来た、あの女だ!

そこまでして兄貴を手に入れたいのか!

「…っの女ぁあ!」

俊角は凄まじい怒りを感じ、そう叫ぶと、再び家を飛び出した。


・・・