仮面
作:NO.185 聖 水月さん



「四宮の天と四方の地 深き法と真と善を以って」

朱雀召還の儀式が始まった。
この召還は必ず失敗に終わる。
僕が・・・オレが失敗させるんだ・・・

「南方守護の『朱雀』御身に告げたまわく 我今この言葉を成す」

美朱さんの声が響く
『張宿』
何の疑いも無く無邪気な笑顔でオレを呼んでくれた
美朱さんだけじゃない
鬼宿さんも星宿様も柳宿さんも井宿さんも翼宿さんも軫宿さんも・・・
でも裏切らなきゃならない

「七宿天より地に現すは 御身を渇仰す衆生の為の故」

裏切る・・・それは少し違うかもしれない
だってオレは始めから敵だから
始めからだましているのだから
この人たちの中に本当に入って行ってはいけないから

「その神力を以って諸々の悪を滅し我らを救護すべし」

この人たちの中に入ってしまったら本当に裏切る事になってしまう
角宿を・・・
それはオレにとって本当に許せないことだから・・・
だからもう覚悟を決めなければ・・・!!

「ただ願わくは此れを聞け 天よりわがもとへ降り立ち給え」

・・・―――――――――――・・・

・・・――――――――――――――――――――――・・・

「・・・何も起きない・・・?」

ピィィィィーーーーーーー・・・

「張宿!?」

『張宿』・・・
そう・・・オレは今まで張宿の仮面を被っていた
でも今脱ぎ捨てる
本当は脱ぎ捨てたくないけれど・・・

「オレは青龍七星が一人亢宿」

みんなの表情が驚愕に染まる・・・
・・・違う・・・オレが染めたんだ・・・
覚悟していたはずなのに・・・
・・・苦しい・・・こんなにいい人たちを傷つけないといけないなんて・・・
でも・・・オレがやらなきゃいけないんだ・・・
この笛をこんなふうに使いたくはなかったけれど
こうするしかないから・・・

「・・・張宿・・・や・・・やめ・・・」

美朱さんが耳を手で押さえながら来る・・・
やめてくれ・・・そんなふうに見ないでくれ・・・
・・・気持ちが・・・ぶれる・・・
覚悟したはずの心が・・・
簡単に揺れてしまうから・・・
だから来ないでくれ・・・!!

「あ・・・あぁ・・・っ!!」

ピィーーーーーーーーーーーーーーーー・・・

「・・・・・・!!」
なんだ・・・!?あの音は・・・
音波が崩れる・・・!!

「・・・あ・・・」

・・・!!
朱雀七星士たちが・・・!!

「あんな音にオレの音が壊されるなんて・・・!!」

それから後は・・・できるなら思い出したくない・・・
思い出したくないけれど・・・
いつも頭の中にある・・・
これは・・・罰なんだろうな・・・
でも・・・あの音に・・・あの音を出してくれた誰かに
感謝したい気分もある
あの音のおかげで僕はあのいい人達を殺さずにすんだ

懐可・・・
君はどんな人物だった?
どんな人生を歩んでいた?
僕は今君として君の村で
君として受け入れられて君の両親と暮らしている
君の全てを奪って君の仮面をかぶっているんだ・・・
そんな僕を憎んでる?恨んでる?

まるでそんな僕を断罪するように美朱さんが現れた
そして・・・

「いいよね亢宿は・・・!!
こんな平和な村でいい人達と家族になって幸せそうにして
ここに来る前あたし達に何したかも覚えてないなんて
そのせいであたし達がどんなに大変だったか・・・
なのに忘れちゃうなんて―――!!」

美朱さんに責められた・・・
・・・逃げて・・・青龍七星士としての自分を封じ込めて
責任から辛さから全てから逃げて
一番裏切っちゃいけないはずの
角宿(おとうと)まで裏切った僕を・・・
でも・・・責められたはずなのに心が軽くなった
きっと僕は責められたかったんだ・・・
悪い事をしてしまったことを誰かに罰せられたかったんだ・・・
だけど・・・

「ごめん・・・人違い・・・
あなた亢宿じゃないよ・・・」

・・・また傷つけた・・・
人違いじゃない・・・
そう言って全てを話したい・・・
でも・・・それを口にしたときの代償は・・・
・・・あまりにも計り知れない・・・
・・・どうしてこの人の前では
いつもいつも仮面をかぶらないといけないんだろう・・・
誰よりも本当の僕を見てほしい人なのに・・・

「あたしは忘れちゃいけないの
辛さも
あたしを愛してくれる人も・・・」

「それは鬼宿さんですか?
なぜ彼はいないんです?
もう2度と離れないんじゃなかったんですか?」

「今・・・なんて言ったの・・・?
・・・まさか・・・」

「はい、僕は青龍七星士亢宿
あなた方の敵だ・・・」

「どう・・・して・・・」

美朱さん・・・驚いてる・・・
・・・当たり前だ・・・
僕は死んでる事になっているんだから・・・
きっと初めて見た時から分かってたんだろうけど
忘却層で忘れていると誰も彼も思っていたんだから・・・
でも・・・今懐可の仮面を脱ぎ捨てて・・・
とても心地いい・・・
張宿の仮面を脱いだときとは違う・・・
・・・この人に嘘はつけない・・・
綺麗だから・・・嘘なんて一つもまとわず生きている人だから・・・
だから僕も本当の自分を見て欲しいと思ったんだ
双子の兄としてでもなく、青龍七星士の亢宿としてでもなく
ただの武 亢徳として・・・

この人に教えられることはあまりに大きすぎて
何も返してあげられない
何かを返してもひどくつまらないものに見えてしまう
それは僕がつまらない人間だからだろうか・・・
こんな僕をそのまま受け入れてくれる人はいるんだろうか・・・

「何言ってる
お前は仲間じゃないか」

『仲間』
そう言って僕を・・・
『僕』自信を受け入れてくれたのは
もしかしたらこれが初めてかもしれない
だから僕は戦えた
本来なら仲間であるはずの青龍七星士と・・・
裏切り者と罵られても卑怯者と後ろ指さされても
構わない・・・
本当に望んだ場所に来れたんだから!!

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「兄貴から離れろ!!」

ものすごい形相で角宿が現れた
流星錘で氏宿をズタズタにして・・・

「兄貴・・・なんで・・・」

「すまない角宿・・・お前のこと忘れたわけじゃなかった
これを飲むんだ・・・この忘却草を飲めば
オレ達はずっと一緒に暮らせる
父さんや母さんも受け入れてくれる
オレと離れたくなければ飲むんだ・・・角宿!!」

角宿は自分の口元へ
忘却草の汁の入った容器を近づけた
亢宿は角宿がそれを飲むと思った
そう信じた・・・しかし・・・

「!!」

「ごめん・・・オレ・・・
唯様が好きなんだ・・・」

「す・・・」

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兄貴・・・本当にごめん・・・
生きててくれて
オレの事想ってそう言ってくれて・・・
本当に嬉しいよ・・・ありがとう・・・
でも・・・今オレは兄貴の傍以上に
唯様の傍にいたいんだ・・・
そのためには兄貴と離れなきゃいけない・・・
・・・唯様に言われたんだ
兄貴の居場所はここには無い・・・って
本当だよ・・・
優しい兄貴にここは合わない・・・
だから・・・さようなら・・・
兄貴には幸せになって欲しいから・・・
もう傷ついて欲しくないから・・・
だから・・・だからもう・・・

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その瞬間「武 亢徳」は消えた
それと同時に仮面をかぶることなく「懐可」が現れた
少年が弟の存在を思い出すことはあるのかどうかは分からない
しかしもしいつか思い出すときが来たのなら
それが少年にとって辛いものでない事を・・・
例え辛いものであっても
いつか笑って話せるようになることを
誰かがどこかで祈るかのように
夜空の星は瞬き続ける