弱きに眠る
作:NO.198 深月さん



今は丁度、昼を過ぎた頃だった。
部屋では、張宿に成り済まし、スパイとして紅南国へとやって来た青龍七星士の一人、亢宿が居た。
亢宿は考えていた。
たった一人の家族である弟、俊角の事を。
俊角もまた、亢宿と同じ青龍七星士の一人、角宿と言う名前を持っていた。
(俊角…また離れ離れか…でも今度は居場所が分かっている。それだけが救いだよな)

そう思い、亢宿は目を伏せた。
すると部屋の外から亢宿を呼ぶ声がした。
「張宿、いる〜?」
その声の主は朱雀七星士の巫女、美朱だった。
亢宿はドアを開けた。するとドアの前には美朱の他に翼宿と柳宿が立っていた。
「美朱さんに翼宿さん、柳宿さん。僕に何か用ですか?」
「今日外が暖かいから散歩に行こうと思って、暇な人を誘ってたんだ。一緒に行かない?」
「良いですね、ご一緒します」
亢宿は張宿として嬉しそうに答えた。
「本当はあたし、星宿様のお相手しなくちゃいけなかったんだけど、翼宿と美朱だけじゃ心配だったから行くことにしたのよ」
柳宿は『別に暇なわけじゃないのよ』と言って腕を組んだ。
そこで何も言わなければ良いものを翼宿が真面目な顔で、
「何や、星宿に相手にされてへん事まだ気ぃついてへんのか」
と、呟いてしまった。
もちろん柳宿の怪力で殴られた。
「何するんや、ボケェ!」
柳宿は両手をパンパンと叩いて涼しそうな顔をする。
「ところで美朱、鬼ちゃんは誘ってないの?」
柳宿の問いに、美朱は呆れた顔で答えた。
「うん…誘ったんだけど鬼宿、お金数えるのに忙しいからって…」
「ふうん。じゃあ鬼宿は美朱との散歩よりもお金の方を優先したのね」
「柳宿っ」
美朱は柳宿を睨みつけた。
その時翼宿が叫んだ。
「おっしゃあ!だったら邪魔しに行ったろーやないかい!」
翼宿はまだ言葉が終わらない内に部屋を飛び出し、駆けて行ってしまった。
「えっ、ちょっと翼宿!」
美朱が追いかけたがそこに翼宿の姿はもうなかった。
「翼宿ったら、散歩行くって言ったのに。しょうがない三人で行こう」
美朱が部屋を出ようとすると柳宿が止めた。
「待って、別に三人で散歩に行っても良いけど、良いの?鬼宿、お金の事になるとうるさいから、翼宿との喧嘩、凄いことになると思うわよ」
すると美朱は少し考えて、
「そうね、じゃあ私行ってくる。柳宿、張宿ごめん。散歩はまた今度ね!」
美朱も翼宿と同じ、言葉が終わらない内に駆けだしていた。
今、部屋に残っているのは柳宿と亢宿の二人だけとなった。
柳宿は部屋の外を見渡し、誰も居ないことを確認すると中に入り、ドアを閉めた。
「さてと、誰も居なくなったわね、これで安心して話せるでしょ?本当は自分から言ってくるのを待つつもりだったけど、いい機会だし今聞いてあげるわ。さっ話してみなさい」
柳宿は傍にあった椅子に腰掛けて、視線を亢宿に向けた。
全く状況が飲み込めずにいた亢宿は、慌てて柳宿に聞き返した。
「えっ!?話すって何をですか?」
「ん?何って悩みに決まってるじゃない」
「悩み?僕悩みがあるなんて一言も…」
柳宿は、ふっと笑い瞳を閉じた。
「バカね。そんなのアンタの顔見りゃ分かるわよ。
良いアドバイスは出来ないかも知れないけど傍にいて話を聞く事ぐらいは出来るから、あたしで良かったら話してみなさいよ」
その柳宿の言葉に亢宿は催眠術にかかったように少しずつ話し始めた。
「実は、僕には同い年の弟が居るんです。両親が早くに亡くなってしまったので、何をするにも一緒で、離れることがありませんでした。しかし、ある日僕の勝手な判断でお互い、別の道を歩いてしまった」
亢宿の口調が変わった。当時を思い出しているのだろう。
亢宿はある一点を見つめたままだった。
「でも、運が良かった。また僕らは出会うことが出来たんだから。それからは、もう二度と離れないと二人で誓った。でも僕は、朱雀七星士の一人張宿になってしまい、僕らの誓いはすぐに破られた。けれど僕の与えられた役目を果たせれば、今度こそ昔みたく二人ずっと一緒にいられる。居られるはずなんだ、でも…ここに来る途中、嫌な予感が頭をよぎった。これから先、僕たちが会うことはないんじゃないか…その思いが頭から離れなくて…怖い…」
「そう、話してくれてありがと。張宿もいろいろ苦労したみたいね」
優しい瞳の柳宿が答える。そして、
「ねぇ、だったらさぁ星宿様に頼んで弟をこっちに連れてくれば?」
と、今思いついた考えを提案してみた。
しかし、亢宿は目を逸らし呟く。
「あ、いや…それは…」
当然だろう、弟の俊角は青龍七星士の角宿となり倶東国にいるのだから。
それでも柳宿は無理にその理由を聞こうとはしなかった。
「そう、何か連れて来れない深い訳がありそうね、いいわ。もうこれ以上聞かないから。 そうね…じゃあ、あたしの話も聞いてくれる?」
そう言って柳宿も、過去を思い出しながら話し始めた。
「あたしにもね、逢いたい人が居るの。それは妹、康淋。実はあたしにも兄と妹が居たんだ。でも兄キはちっとも兄らしくなかったのよね。あたしが兄キの事を助けてたんだから。そのせいかしら、妹もあたしが守らなきゃ、って思ったのは。それからは康淋とずっと一緒だった。きっと兄キよりも一緒に居たのかもしれない。本当に可愛かったの。だからこれからもずっと傍にいて守っていようって思った。でもね、あたしが10の時康淋は馬に引かれて死んでしまったの。半分は運命のせい、もう半分はあたしのせい…。だから会って謝ろうって、「守ってあげられなくてごめんね」って謝ろうって思った。それで康琳に会えるなら何でもするつもりだったの。でも何も出来なかった。当たり前よね、相手はもうこの世には居ないんだもの、とは言っても未だに信じてないんだけどさ。でも確かに傍に康琳は居ない、だからずっと傍に居られるように、あたしが康琳になったの。あたしが康琳となって生きていこうって」
柳宿は目を閉じ、自分の胸の辺りに手を当てた。
「ねぇ、張宿?アンタの場合はさ、あたしと違って自分も相手もちゃんと生きてんじゃない。なのに願うだけで何もしないなんて…ズルいわよ。会いたい人に会えるまで歩き続ければいいじゃない。正しい道を行けば今歩いているその道が、いつか辿り着きたい場所へと導いてくれるんじゃないかしら?…っとごめんなさい、話長くなっちゃったわね」
「いえ、気にしないで下さい」
亢宿は明るく答えた。もう、先程悩みを話してくれた亢宿ではなかった。今は『張宿役』の亢宿であった。
(僕は何故こんな事を話してしまったのだろう。今の僕は張宿だというのに、これで、俊角の事とかいろいろと調べられたら…)
亢宿は後悔した。
しかし、そんな亢宿の気持ちも知らず、柳宿は話しかける。
「どう?あたし少しは役に立てたかしら?」
「あっ、はい、ありがとうございます。でも柳宿さんに辛いことを話させてしまいましたね。すみませんでした」
「あぁ、いいのよ別に。いつかは皆にも話そうと思ってたし、仲間なんだものね。あっ、でも、まだ皆には内緒にしていてほしいの。自分の口から言いたいからさ」
「はい、そうですね、分かりました」
柳宿は椅子から立ち上がった。
「さてと、美朱の散歩も中止になったことだし、あたしは星宿様の所に行ってくるわ。じゃあね張宿〜♪」
柳宿は恋する乙女(?)に戻っていた。
「はい、また後で」
ルンルン気分の柳宿を見送った亢宿は、部屋に戻り心の中で呟いた。
(正しい道か俺にとって正しい道って何処なんだろう。
考えられる道は二つ、まず一つは、朱雀七星士に全てを明かし、俊角のところに戻るという道…いや、即殺されるだろう。あの心宿と言う男に…あの男は危険だ、逆らわない方がいい。
これで二つの内一つの道が消えた。だったら俺にとって正しい道とはたった一つ、一刻も早く朱雀七星士を殺すんだ…そうすればまたあの頃の二人に戻れる)
亢宿が、そう思った丁度その時、部屋のドアが勢い良く開き、美朱が入ってきた。
「柳宿、張宿お願いちょっと手伝って!って…あれ?柳宿は?」
「美朱さん!あ、柳宿さんなら星宿さんのところに行きましたけど…何かあったんですか?」
「うん、翼宿が鬼宿の数えていたお金をばらまいちゃって…すぐに翼宿に謝らせて、お金を探したんだけど、どうしても最後の一枚が見つからないのよね…だから柳宿と張宿にも手伝ってもらおうと思ったんだけど、張宿だけでいいや。悪いけど一緒に探すの手伝ってくれない?」
「分かりました、ではすぐに行きましょう」
「ありがとう」
そう言って二人は鬼宿の部屋へと向かった。

こうして、亢宿は本当の正しい道を見失ったまま、弱い心の中で眠ってしまったのだった。