無題
作:NO.198 深月さん



亢宿が亡くなった日の夜

唯は部屋の窓から紅南国の方を見ていた。

(美朱・・・・・・・・)

「ふぅ、だめ眠れない。暇だし散歩にでも行くか。」

唯は自分の部屋を出た。
涼しい風が気持ちいい。
廊下の突き当りまで来たので右に曲がることにした。

(ん?角宿?まだ起きてるのかな。)

そこは角宿の部屋、何故かまだ明かりが点いているのだ。
唯はコンコンと部屋のドアをたたく。

「角宿?まだ起きてるの?」

唯は部屋のドアを開け、顔を覗かせた。
そして角宿の目に、きらりと光るものを見た。
すぐに涙だとわかった。

角宿は慌てて涙を手でぬぐうと

「あっ・・・唯様・・・」

と、少し照れながら答えた。

唯は

「入るよ。まだ泣き足りないんだね。いいよ、もう一度傍にいてあげる。」

と、近くの椅子に腰掛け、優しい言葉をかけた。

しかし角宿は、

「いえ、大丈夫です。それに、もう迷惑はかけられませんから。」

と言って微笑んだ。

「そう。」

「それより唯様はどうされたんですか?こんな夜中に。」

唯は遠くを見つめる様にして言った。

「うん。ちょっと眠れなくて・・・っていうか目を閉じるのが怖いの・・・
ほら、目を閉じたら何も見えなくなるじゃん?なんだか、闇に埋もれて
抜け出せなくなるような気がして・・・」

「闇に・・・?」

次は唯の方が慌てた。

「あぁ、ごめん。こんな話。訳分からないよね。
じゃあ、もう行くね。」

唯がそう言って立ち上がろうとしたとき、

「あっ、待って下さい!オレ、唯さまには兄貴のことで世話になりました。だから、
今度はオレが唯様の力になりたい。話していただけませんか。」

角宿は強い口調で言った。

「フフッ。頼もしいねじゃあ聞いてもらうか。」

唯は笑い、もう一度椅子に腰掛けると静かに話し始めた。

「あたしね、本当は青龍の巫女なんてやりたくなかった。
美朱と早く元の世界に帰りたかったの。でも美朱はこの世界で鬼宿と愛し合うようになった。
あたしの気持ちなんて何とも思っていない。あたしは裏切られたんだ、信じていた美朱に。
だから復讐してやろうと思った。
それで、心宿と皇帝さんの前で「朱雀の巫女は私が処理します。」って言って巫女になったんだ。
巫女になれば美朱に復讐できると思ってね。だけどよく考えたら、美朱と鬼宿を引き離すことだけが巫女の仕事じゃない。
他にだって神獣を呼び出したりするんでしょ?あたし怖くって。
あたしのやってることは正しいことなのか?っていつも不安で・・・
友達もいない、愛してくれる人もいない、あたしはここじゃ独りぼっちなんだよ・・・」


角宿は視線を下へと移した。


そして、とうとう唯の瞳から涙がこぼれた。

「あ・・・ごめん・・・あ〜あ・・・ここになんて来るんじゃなかった。もう誰でもいいから助けてよ。・・・美朱」

唯は無意識に美朱の名前を言っていた。

「あ・・・やだ・・・こんなに憎んでるのに何で美朱の名前を・・・フッ・・・バカだね、あたし。」

角宿は唯がこんなにも苦しんでいたことを知り、心が締め付けられた。

「唯様・・・あのっ、オレ唯様のためなら何だってやります。だから・・・だから・・・。」

少しの沈黙が続いた。そして、しばらくして唯が口を開いた。

「本当に何でもやってくれるの?」

「はい。もちろん!」

「そう・・・」

唯はハンカチで涙を拭くと、何かを思いついたようにフフッと笑った。

「じゃあ・・・あたしの代わりに巫女やってもらおうかな。」

「はい!わかりました。やります!・・・って巫女?!・・・」

唯は吹き出してしまった。

「アハハッ。嘘!冗談よ!本当に騙されるなんて!フフフッ。」

唯は笑った。さっきの笑い方とは違う可愛らしい明るい笑顔だった。

角宿は目をパチクリしている。こんな展開は予想外だったようだ。

「話長くなっちゃったね。ごめん。じゃ、そろそろ行くよ。心宿に見つかったら面倒だし。
話聞いてくれてありがとね。少しは楽になったかも。」

「そうですか。それならよかった。」

角宿は少しうつむいたが、すぐに顔を上げ、

「あのっ、オレでよければまた、いつでも話聞きますからっ!」

と微笑んだ。

「うん。ありがと角宿。じゃあ、また明日ね。おやすみ。」

「おやすみなさい唯様。」

唯が部屋を出て行くと、角宿は部屋の明かりを消し窓を開け、空を見上げた。

(唯様がこんなに悩んでいたなんて・・・。俺もっと強くなろう。そして唯様を護るんだ。
あんな寂しい顔は二度とさせない。やっぱ唯様には笑っていてほしいもんな・・・。)

「あれ?何でオレ熱いんだろ。窓開けてんのに。ん?何で頭に唯様が出てくんだ?・・・
あぁ!もう!訳わかんねぇ!寝るぞ!・・・あぁ、そうだ」

角宿はもう一度空を見上げ言った。

「兄貴、オレもう大丈夫だから・・・心配すんなよ。」

角宿は、星の光がいつもより眩しく見えた。