迷心
作:NO.055 風月さん



 その存在を知ってから何度逢いたいと恋い焦がれただろう。
 異世界の巫女。
 この苦しい世界を救う為に現れる少女。
 僕たちの希望の光。
「兄貴は巫女様に恋しているんじゃないか?」
 俊角がふざけて放った一言。
「そうかも・・・しれない」
 咄嗟に認めてしまった。
 この切ない感情を言葉にするとしたら恋というのだろうか?


 無心で、笛を吹き続けていた。
 狂い咲きの旋律。
 破滅への序曲。
 そんな旋律を明るい楽曲に乗せ、聴かせ続けてきた。
 僕は、人を苦しめるために笛を吹いているのだ。
 午後の暖かな日差しが肌を刺す。
 母国ではあり得ない気候。
 こんな日は俊角と一緒に川辺でのんびりと日向ぼっこをしたい。
 僕は笛を吹き、近くで俊角は川で魚を捕って。
 それを焼いて一緒に食べ・・・・・・・・
「張宿、あんた何ぼけっとしてるのよ?」
 不意打ちに驚き、思いっきり息を吹き出してしまったため、「ピフィィィー」と間抜けな音が宮廷内を響かせた。
「柳宿さん・・・」
 油断していたらしい、いつの間にか柳宿は隣に座り、僕の笛の音を聞いていたという。
「音が乱れてるわよ・・・何か考え事?」
「・・・・はい」
「無理もないわよね、もうすぐ召還の儀式なんだもの」
 柳宿は頬杖を付きながら朱雀廟を眺めた。
 大勢の宮廷に使える者達が準備に追われている。
「願い事は三つかぁ〜・・・張宿、あんたは何を願う?」
「僕は・・・」
 ――僕は平和な世界で、俊角と・・・家族と幸せに暮らしたい。
「僕は特にはありませんよ。この世界の平和・・・かな」
「あんた良い子ねぇ・・・」
 柳宿が頭をぐしゃりと撫でた。
 まるで愛しい者に愛情を示すように。
「何か辛いことがあったらお姉さんに何でも相談するのよ」
「お兄さんじゃ・・」
「張宿ちゃん?何か言った?」
「いっいえ!何でも無いです」
 あわてふためく僕の様子を見て柳宿は再び笑いだした。
 心地良い風を感じた。
 不意に涙が出そうになる。
――僕は、あなた方の敵・・・・青龍七星なのですよ。
「柳宿さんは、何を願うのですか?」
「アタシ?アタシは・・・」
「柳宿、張宿―!」
 朱雀廟から巫女の正装をした朱雀の巫女である美朱さんが手を振っている。
 どうやら準備が整ったらしい。
 星宿さんや井宿さんが入り口で談笑をしている。
「あら、時間だわ」
「そうですね」
 再び、気を引き締めようとする。
 これから、僕はこの暖かい人達の敵になるのだ。
 青龍の巫女・・・僕たちの巫女の為に。
「張宿、この儀式が終わったらさ」
「はい?」
「あんた、私の弟にならない?」
 不意に目を丸くして柳宿さんを見返してしまった。
「はいい??」
「あんた、戦災孤児なんでしょ?帰る処ないなら家に来なさいよって言ってるの」
 好意で言って貰えた言葉。
 嬉しい・・・けれど。
「ごめんなさい・・・僕には行くところがあるので」
「女?」
「違いますけど、そういう事にしておきます」



 薄暗い朱雀廟に入るために自身に結界を張る。
 朱雀結界は、触れてしまえば簡単に崩れる程脆いから気をつけなければならない。
 簡単に入れる、そう、この人達の心の中にも。
 騙されやすいというか、純粋というか・・・。
 愚かだな・・・。
 そう思った。
 居心地が良すぎて、裏切ることが辛い。
「張宿、よろしくね」
 位置に着こうとした僕に美朱さんが声を掛けてくれた。
「えぇ・・・」
 ―本当に、この人は・・・。
「よろしく・・・おねがいします」
 その時感じた暖かな感情。
 僕が望んでいた優しさを持つ人達。
 本当に、この人達を裏切ることで僕らは幸せになれるのだろうか?
 ねぇ、俊角。
 僕は間違ってないよね。
 これを終えたらようやく待ち望んでいた巫女に会えるのだ。
 ただ、何故だろう。
 待ち望んでいた巫女が、敵である朱雀の巫女・美朱さんに重なるのは。
 本当に・・・これでいいのだろうか・・・。





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